就職活動ナビ2011のこんな活用法
当時彼は38歳だった。
カーディーラーからの転身が介護サービスの会社の社長への就任につながるとは、思いもかけない成り行きだったろう。
通信事業と福祉事業への参入さて、そもそもの話である。
横浜商工が、タイヤやホイールなどの自動車部品や用品、機械工具の製作と販売を行う企業として設立されたのは1945年のことである。
合資会社として出発し、1948年に株式会社になった。
初代の社長は、明治39(1906)年生まれのKI氏である。
KI氏が16歳のとき、当時最もハイカラな土地だった横浜で、最もハイカラな商品である自動車の、部品の業界に飛び込んだのが始まりだった。
KI氏はまず川本商会という会社に勤めて仕事を覚え、昭和11(1936)年に外車の部品販売の個人経営の店として横浜商会を創業し、戦後になって再発足したのである。
同社の記録によると、初代のKI氏はカー用品をリヤカーやリュック、その後は自転車などで運んでいたそうである。
つまりクルマはもっていなかったのである。
戦後になって会社らしい体裁が整ってきて、バス会社、修理工場、タクシー会社、運送屋さんなどの取引先を獲得し、1950年には従業員が10人ほどになっていたとのことである。
その間に鎌倉市などに営業所を順次ひろげ、横浜最大の部品商へと発展したのだった。
最初は自動車メーカー自身が供給する自動車部品を扱っていたが、東京近郊の部品メーカーが安い「優良商品」を作るようになって、その品質がどんどん向上したという。
自動車メーカーは自らが作る部品を「純正」と呼び、それ以外は「優良」と呼ぶようになっていたのである。
横浜商工は自動車関連のさまざまな商品を取り扱うようになったが、大きな転機が1980年代の自動車電話と移動体通信の登場だった。
NTTが独占しているときは高価格だったが、KDDIの登場で庶民にも手が届く物となる。
そして90年代にはいってからケータイの普及が始まった。
その頃から、横浜商工の事業がカー用品と通信機器の二本立てになってきたのである。
現在のauショップであるID・プラザをつくったのが1999年。
続いて立ち上げたのが福祉事業部である(2001年)。
介護保険事業所番号を取得し福祉用具の貸し出しを始めたのだった。
「電動カード」の販売からレンタルに乗り出したのはその頃である。
そもそもKA社長が電動カードと出合ったのは、しばらく前にアメリカに行ったときのことであった。
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